2011/05/07

静かな身体_4_

 ネイを土地から連れ出したのはダイである。どういうわけなのか、土地にふらりとやってきたダイは、そのまま二年の時を土地で暮らし、ネイと格別な交流があったわけでもないのだが
「街に戻るので一緒に行きましょう。」
 とある日の朝早く、ネイを誘った。
 「行きましょう」という土地の者は使わぬ丁寧な言葉を「ましょう、ましょう、ましょう」と愉快な気持ちで反芻していると「行きましょう」に対する返事は「はい」しかないような気がして「はい」がぽろりと口から出た。それで、ぽろりと出たものではあるが、出た以上はそのようになるのだろうと、一緒に土地を出ることにした。
 当時ダイについてネイが知っていることと言えば、迷い込んだ近所の犬に向かって
「お行きなさい。」
 とやはり土地では使わぬ丁寧な言葉で、命じているのを一度見た事があるだけだった。
 ダイと暮らせば暮らす程、ますますネイはふわりふわりと浮いてしまうようになった。もともと何に対しても執着ということがない性分だ。だから、どんどと流されるがまま生きてきた。だのにダイは自分を必死でつなごうとする。その必死さが哀れで愛おしくもあり、ダイを大事にしたいとネイに思わせる。だけれどそういったネイの感情は、ダイがネイに期待しているものとは異なる種のようで、それはそうと分かっていても、ネイにはどうにもならぬ。どうにもならぬことはどうにもならぬと諦めてみると、ふわりふわりとしてしまい、なおさらその様がダイの哀しみを引き寄せてしまうのだった。そんな時、ネイはどうしたら良いのかますます分からなくなって、ダイの背にしがみついてみるが、そんな時もネイの実体はふわりとその辺りに漂っている。