2015/04/23

初日

三.


 オリバーは迷っていた。
 期間工の増えたその一帯は、今では終日渋滞が続き、オリバーは渋滞を避けるため、くねくねとした山道を走っている。助手席に置かれた葉書の差出人はエリナで「同窓会のお知らせ」とある。それがオリバーには不思議でならない。
 オリバーやその町のほとんどの者たちのように、エリナもその町に二組の祖父母を持ち、その町で生まれ、育つ、その町の子だった。
 ただ、ある日、厄介ごとを趣味のように背負い込むエリナの父親がまず消え、次いで、残っていた母親とエリナたち兄妹が、突然に、その町を去った。「転校」という言葉を知ってはいたが、まさかその町で出来事として生じるとは、学校中の誰もが想像していなかったに違いない。それは、二人が小学校五年生の時だ。
 子供ながらに際立ってスタイルの良く、お金がかけられた美しい洋服を着たエリナは、いつも取り巻きの女子に囲まれ、飛抜けて目立っていた。オリバーは、小学校に上がる頃には、すでに経験として、そういった女子集団には関わらない方が良いことを学んでいたので、できるだけ、エリナたちとは距離を置くようにしており、それはとても上手くいっていた。彼女たちと子供らしくじゃれ合って、気持ちの高揚を得る代わりに、静かな、かき乱されることのない生活を、幼くして選んでいたのだった。
 オリバーは、彼女たちが怖かったのではない。彼女たちと関わることによって、引き受けるべき役が回ってくることを、熱量の渦に巻き込まれ、自己が、瞬間とはいえ、消滅することを、恐れたのだった。
 例えば、彼女たちが「普通」ではない何かをオリバーに見つけると(ほんの少し丈が短いズボンとか、ほんの少し変わった色の靴下とか)、瞬時に幕が開き「気の強い女の子たち」と「ちょっと抜けた男の子」が登場する舞台に立たせられてしまう。オリバーの友人たちが、どんなに上手にその道化役を演じることか(いったい人はいつどこで、暗黙の内に求められている役を理解し、演じる術を学ぶのだろう)!
 そんな時のオリバーは、今や共演者となった友人と彼女たちが醸し出す、あのこそばゆい親密な空気の中で、どうにかそれを壊さないようにと、劇に背を向け、演じきった友人が誇らしげに戻ってくるのを、ただひたすら待つのだった。
 エリナの突然の「転校」の報告(それは、後日教師からなされた)は、彼女にぴったりのドラマチックな展開で、オリバーは、エリナこそが「転校」すべき者だ、と思ったことを覚えている。数ヶ月は手紙を通じて、彼女の刺激ある都会での生活を共有していた女子たちからも、学年が変わる頃には、エリナの話は出なくなっていたはずだ。
 だから、季節外れの同窓会の知らせにもおどろいたが、その発起人がエリナだということが、どうしてもオリバーには不思議だったのだ。

2015/04/22

初日

二.


 それは思いも寄らぬことだった。何気なく見ていたニュース番組の中に、インタビューを受けるオリバーを彼女は見つけたのだ。そしてひどく狼狽した。
 その町を出た日から、彼女はその町を忘れようと決めたのだ。それなのに、過去を語らなければならない機会は、気が滅入るほど多い(人は無邪気に出身地を聞く。まるでそれがマナーだ、とでも言うように。)。だから彼女は、慎重に語るべき側面を選び出し、あるいは、些細な修正を繰り返し、彼女にとって語るべき価値のある、生まれ故郷を作りあげた。
 恋人の腕にくるまりながら、聞かれるがままに語る、その町での幼い自分の幸せに、涙を流したことも少なくない。田舎の自然に囲まれて、比較的裕福な家庭でのびのびと育った、幸せなわたし。
 「ええ、多くの方に来ていただいて、以前より忙しいくらいなんです、とオリバーの母親が朗らかに語り、
 ―以前は弁当なんて扱ってなかったけどね、今じゃあ、一番の売れセンで、と父親が言葉を継ぐ。
 ―渋滞が増えたから、仕入れもなかなか大変なんだけど、息子がやってくれるから、助かっちゃって」誇らしげに見つめる父と母の視線を、屈託なく受けるオリバーの姿を彼女は呆然と見つめていた。



2015/04/21

初日

一.


 首都から一ヶ月ほど遅れて冬が明け、まだ何もない田んぼの向こうに、うっすらと山が色味を帯び、けぶって見える。整然と区画された田んぼが静かに広がるその町では、まるで意思を持っているかのような、強く太い風がまっすぐに谷間へ抜けていく。
 男たちによって運転される車が、次々に駐車場に整列し、また次々に去っていく。それは、出来合いの食事と、眠りにつくまでのほんの数時間を埋めるための娯楽とを買う男たちで、期間工として、その町の恵みを受けている。
 男ばかりが採用されるその職の口があるばかりで、観光資源がないその町には、女性はほとんどやってこない。町の若い女たちはすでにその町を去っている。さらには、女たちだけではなく、ほとんどの者たちがその町を去っている。だから、見ず知らずの期間工たちのために、カロリー爆弾とでも言えそうな、油まみれの弁当を店頭に並べている、その25歳の青年は、作業服に支配されるその町の中で、やるせない気持ちでいるのだ。生殖機能の麻痺した町にただ一人、機能を有したままつなぎ止められているのだから。
 オリバーはここで生まれ、ここに今もいる。すでにこの世を去った祖父母が始め、両親に引き継がれたこのよろずやが、彼の職場であり、その二階に両親と共に住んでいる。期間工たちが来るようになってから、店の売上のほとんどを占めるようになった弁当や総菜パンなどを、片道二十キロの距離を運転し、仕入れるのが彼の仕事だ。
「ついでに、同窓会のはがきを出してきたら? と小柄なオリバーの母親が声をかける。
 ―そうだね、とオリバー。
 ―ほら、いいかげん、もっていきなさいよ、と母親は『参加』に丸がつけられた葉書をオリバーの手に押し付ける。その締め切りは、すでに五日が経過している。 
 ―たまには友達にでも会って気分転換してきなさいよ。こっちはお前なしでも何て事ないんだからね」と、母親は細い身体に不釣り合いなほど太くごつごつとした手をさすりながら、オリバーに背を向ける。